ミュージカルを中心に活動する俳優 清水裕明のブログです。


by jya_hiro
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ようやく

しばらくぶりです。

4月に入ってすぐに祖父がなくなりました。

自分が生まれたときから一緒にいるじいちゃんでした。

毎朝トレーニングを欠かさず不健康とは程遠いじいちゃんでした。

良く会うたびに腹式呼吸の大切さを俺に語ってきました。

口癖は「男同士がんばろうな。男の約束!」

87歳でしたが、毎日どこかに出かけ、いろんな人と会っていました。ほとんどが仕事がらみで生涯現役だったみたいです。

年が明けてある日、風邪を引いて病院に行ったら、間質性肺炎だと言われ、そのまま入院。一度退院したものの、しばらくしてまた入院。

後はあっという間だったような気がします。

入院中も、「まだ死んでたまるか!」といって看護士さんに会うたびに退院はいつかと聞いていました。

本当に元気なじいちゃんだったんです。

一番長生きしそうなじいちゃんだったんです。

常に男子一生の仕事なんだ!といって全てのことに取り組んで、ばあちゃんはあきれていましたが、周りの人からは尊敬されていたようで、告別式には本当に多くの方が会いに来てくれました。

大正生まれで、明日特攻といって飛行場に着いた時に戦争が終結して、友人が亡くなったのに自分が生きてしまったことをずっと申し訳なく思って生きてきたようで、ワタヅミの会という戦争の悲惨さを訴える会の名誉会長も果たしていました。

自分の母は、音大出身なのですが当時の音大の学費を稼ぐためにフィリピンに出稼ぎにも行っていたそうです。

改めてじいちゃんの人生を調べてみると、生涯誰かのために生きてきたことがよくわかって普段はそんなかけらも見せないじいちゃんだっただけに、知った今、大きい人だったんだなぁって知ることができました。じいちゃんありがとう。

入院してからは一緒に病院に泊まったりすることもありました。一晩一緒にいてたまに交わす言葉。
たいした会話じゃなかったけれども、いとおしい時間でした。
会いに行くともう喋るのも大変なのに喋ろうとしてくれて、嬉しいやら切ないやら、喋るなといっても喋ろうとするからあんまり一緒にいられないときも。

ばあちゃんに言わせると、俺と甥の啓太郎の二人を最後まで心配してたみたい。

最後まで心配かけてごめんね、じいちゃん。

晴れ姿見せてあげられなくてごめんね。

もっともっとでっかくなるから。

だからそっちからたまにでいいから見ててね。

そっちに行くときにはでっかい目標だから大変だけど、じいちゃん越えしてから行くから。

お互い五月生まれの戌年ね。

男同士、男の約束ね。

忘れないよ?

今まで本当にありがとう。

じいちゃんが俺のじいちゃんで良かったって心から思うよ。

本当にありがとう。

またね^^


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ブログが滞ってしまってすみませんでした。じいちゃんのことを書きたくて、ブログを書くときはまずじいちゃんについて書こうと思っていたんですが、なかなか書けなくて・・・

そんな僕ですが、これからも頑張ります。
皆様、どうぞよろしくおねがいします。
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by jya_hiro | 2010-04-22 16:17